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栗原家のルーツは?

私の住む福岡県八女市矢部村は、住民の3分の1が栗原姓です。全国に「栗原さん」は約12万3,000人いると言われています。10月8日矢部村御側(おそば)地区にある良成親王の御陵墓にて、大杣公園祭が開催されました。ここは宮内庁の管轄となります。良成親王は後村上天皇の第七皇子です。後醍醐天皇の孫にあたります。南北朝の戦いの南朝方で、叔父の征西将軍である懐良親王の後をうけて、後征西将軍として九州へ赴き、厳しい戦いをしいられ、八女市矢部村大杣の地で最期を迎えられました。10月8日のご命日に、亡き将軍公を偲び、大杣公園祭が執り行なわれます。南朝と縁の深い奈良県吉野町、熊本県菊池市からも御来賓がお越しになります。…で、栗原家は、良成親王をお護りされていた五條家(現在も黒木町大渕に末裔がおられます)の家臣団の一人であると言われています。栗原家には、栗原伊賀守、栗原越前守、栗原若狭守がいたとされています。矢部村の栗原家、江田家、轟家は、五條家の家臣であったそうです。ひょっとしたら、京都の出かもしれません(笑)。矢部村には京都の言葉と似た言葉が多くあります。私たちが伝承している八女津媛神社の浮立にも、京都や奈良の息吹を感じさせることが多くあります。これから古代人に想いを馳せながら、よく調べていきたいと思います。

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